カブトビール

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ページ番号1002886  更新日 令和6年2月8日

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カブトビールの歴史

写真:カブトビールポスター女性

写真:旧カブトビール瓶

写真:カブトビール法被


※画像は当時の様子

半田は古くから醸造業がさかんであり、今もその伝統が受け継がれ、多くの名酒を生産しています。一般的に半田の酒は日本酒を指して言いますが、実は、ビールの製造も早くから手がけていました。

半田における本格的なビールの製造は、明治20年(1887年)に四代目中埜又左衛門と盛田善平(後に、現在の敷島製パンの前身である敷島屋製粉場も開業)によって丸三麦酒醸造所で始められました。明治22年には「丸三ビール」として3000本を初出荷しています。

その後、急成長を遂げ、明治29年(1896年)には、北海道のサッポロ、東京のエビス、横浜のキリン、大阪のアサヒに対抗して、丸三麦酒株式会社が設立されました。そして、本格的ドイツビール製造に向け、ドイツゲルマニヤ機械製作所による「完全なるビール醸造器械」を買い入れ、ドイツ人醸造技師を招き、新工場が建設されました。これが半田赤レンガ建物です。新工場建設とともに銘柄も、カブトビールと改められ、明治33年のパリ万国博覧会には、金牌を受賞するほどの品質を誇っていました。その後、社名さえも「加富登麦酒株式会社」改められるなど、カブトビールは東海地方では最大のシェアを持っていました。

カブトビールの名称の由来は、ビールは日本酒と違って喉でのむといわれていますが、喉で勢いよく飲むことを「カブル」ということから、なまって「カブトビール」になったなど諸説あるようです。また、日清戦争後でもあることから、勇ましい「兜」の商標を採用したともいわれています。

(参考文:「献明治期の産業建築旧カブトビール工場の遺構に関する研究」著者:竹内尊司(愛知県立愛知工業高校教諭)

現在のカブトビール

半田赤レンガ建物の保存活動を行う赤煉瓦倶楽部半田の企画により、2005年6月にカブトビールが復刻発売されました。

当時の文献にできる限り忠実に復刻した「明治カブトビール」と大正時代の分析表をもとに復刻した「大正カブトビール」の2種類のカブトビールは、現在、半田赤レンガ建物内にある『カフェ&ビアホール「Re-BRICK」』にて地元食材を使った美味しい料理やおつまみとともにお楽しみいただけます。

写真:カブトビール
生カブトビール(明治・大正)各700円

お土産用のカブトビールは、半田赤レンガ建物内のショップ(営業時間:10時~17時)にて販売中です。

詳しくは、半田赤レンガ建物ホームページをご覧ください。

  • 明治カブトビールの特徴
    1. アルコール7%
    2. ホップが現在の2倍(苦味の強いビール)
    3. 麦汁糖度が高く、赤褐色をしていた
    4. 炭酸が現在のビールよりも少ない、本格ドイツビール(赤ビール)でワインに近い味わいのビール
  • 大正カブトビールの特徴
    1. アルコール5%
    2. 淡帯褐色透明(淡い琥珀色)
    3. 麦汁糖度が高く、芳醇な香味(麦の味わいが香ばしく、古き良き時代を思わせるクラシックラガー)

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市民経済部 観光課観光担当
電話番号:0569-84-0689 ファクス番号:0569-25-3255
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